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ソフトウェアテストと品質保証がメインテーマです。

清水吉男さんとの思い出

 

清水吉男さんが永眠されました。

 

初めは実感がわきませんでしたが、時間を置いて少しずつ、そうか清水さんが亡くなられたのか、と悲しみを噛みしめる思いでいます。

 

清水さんと私

清水さんのことを知ったのは、僕が社会人一年目で半分社内ニート的なことをして過ごしていた時に、清水さんのホームページを見つけたのが最初でした。

ソフトウェアエンジニアのためのホームページ Presented by System Creates Inc.

その後、日科技連のコンテンツ"Quality One"で、清水さんの文章を読みました。特に衝撃的に印象に残っているのが次の記事「論文を書くことの大切さ」です。当時はこの記事を印刷して、持ち歩いていました。

https://www.juse.or.jp/sqip/mailnews/qualityone/sp2/index.html#03

「格物 致知」としてソフトウェアの世界全ての知識、技術を修得しようとされた(修得した)という話を読んで、「なんだそりゃあ」と思いました。

ソフトウェアの世界なんて、当たり前ですが知らないこと、知るべきことなんて山のように、いや海のように広くあります。それを「全て手に入れる」なんて、信じられないことだと思いました。

しかし、清水さんの話、体験談を読んでいくとそれが嘘偽りではないことに気付かされます。以下に清水さんのすごさを示します。(上記の記事からの引用です)

 

  • バグの発生率は「0.1/KLOC以下」(単体テストを含む)
  • 22年間納期遅れなし、仕様トラブルなし
  • 組み込みシステムの時代は週35時間しかメインの顧客に投入していない
  • 健康に何の問題もなし

 

健康についても、一度長崎のイベントでご一緒させていただいたことがあるのですが、とても健脚かつ快活な方で、今回の訃報はそういった意味でもにわかに信じがたいものでした。

 

今まさに私のいるプロジェクトでは派生開発の悩みを抱えていますが、今の世の中の開発は確かに派生開発が多いです。自分の周りでは新規で作る方が珍しい。(業界によるかもしれませんが)

そんな中で、派生開発に使える手法としてXDDPを提唱され、そのほかUSDM、PFDといったソフトウェア開発の分野に限らない手法を開発されてきた清水さんの成果はまさにソフトウェア開発の業界を変えたもの、そしてこれからも変えていくものと信じています。

清水さんの人柄(1)

清水さんは数々の活動に取り組まれ、めざましく活躍されておりましたが、人柄としてもとても尊敬でき、素晴らしい人徳をお持ちの方でした。

私は長崎QDG2015というイベントで清水さんと道中をご一緒させていただきました。

【開催レポート】長崎QDG2015 その2:要求仕様記述手法「USDM」ってどんなの? -明日から使えるUSDMのエッセンス- | Software Quality Topics.

清水さんは私に会うなり「若いねえ!」と顔をほころばせました。坂道ばかりの長崎でも自慢の健脚を披露され、若者の自分の方が圧倒されてしまうほどでした。

長崎で書道の字を一文字、毛筆で書く機会があったのですが、確か清水さんは「志」という字を書かれていたような気がします(記憶が曖昧ですみません)でも、素晴らしく達筆でいらっしゃいました。「若い頃はよく『論語』とか『大学』を読んだものだけど、今の若い人はあまり読まないかもねえ」と話されたのを覚えています。

清水さんの常に胸を張って歩く姿勢、おごることなく弛まぬ努力を重ねる姿は、本当に尊敬する、「エンジニアの理想の姿」でありました。

清水さんの人柄(2)

実は私は清水さんに何度かメールで相談をしたことがあります。

当時は2015年でQAとして3年目でしたが、当時も色々悩んでいました。

  • 私は意志が弱いせいか、夜遅くまで学習していると体調を崩してしまいます。どうしたらいいでしょうか
  • 清水様は、業界に入り直してからの最初の3年間、努力を継続するには周りの誘いを断ったり、趣味の時間を削ったりしたことと思います。 このとき、他人の言葉に惑わされないために意識したことはありますでしょうか
  • 真剣にフリーランスとして働くことについて検討しています。会社を辞める前にしておくべきことはありますか

など、今思えば何をそんなことを・・・と思うような質問ばかりではありますが

これらの質問にも、とても丁寧な長文メールでお答えいただきました。本当に嬉しく、ありがたく思ったのを覚えています。

ちなみに清水さんの回答は以下のようなものでした。本来ならば許可を得るべきものでありますが、許可を得ずこちらに掲載します。文章から、清水さんの人柄がよくわかると思います。

  • 私は意志が弱いせいか、夜遅くまで学習していると体調を崩してしまいます。どうしたらいいでしょうか
藤沢 様
 
清水です。
あの、Quality One の記事を読まれてメールを送ってこられた人は初めてです。
 
1)習得のスタイルには個人差があり、自分のスタイルで取り組むことです。
ある新大阪のソフト会社で数年間コンサルをやっていたとき、午前中の2時間は
いろいろなテーマで講義をしていました。講義のテーマとしては20数本あり、
またテーマによっては2,3回に分けての講義になりますので、「2時間 X 約30本」
のビデをが録画されています。この時、客先に派遣されている人は、私の講義を
聞くことができませんので、いくつかの講義をまとめてCDにして手元に届くように
なっていました。
 
ほとんどの人は週末に1,2回再生して見る程度だと思います。いや、見ない人も
いるでしょう。でもその中に1人だけとんでもない行動を取った人がいます。
コンサルを終えて5年程たったとき、突然「会って欲しい」というメールが届き
ました。そのとき、彼は大阪でしたが東京に出る機会があるというので品川で会い
ました。それまで彼と話したことはありませんし、彼が直接私の講義を聞いたのは
2回だけと言っていました。
 
彼は言いました。「清水さんのCDを全部見ました。最低10回見ました。妻も
清水さんのセリフを覚えています」と。平日は見れませんので週末にまとめて見て
いたようです。そのとき、彼は結婚していましたし、奥さんと1台のTVデ一緒に
見ていたのです。
結局、彼は私の技術を全部手に入れました。そして、その途中から市販されている
本が読めるようになり、多くの本を読み進めることで一部の技術は私を越えています。
彼としては、毎日コツコツと夜中まで勉強できる状況にはなかったのです。
でも彼には「ビデオを見て覚える」というやり方を持っていたのです。
それが彼の「強み」だったのです。
後は、「自分を信じて」飽きずに継続しただけです。今、彼は30代半ば過ぎです。
 
2)限られた時間の中で習得する順序を間違えないように。
直ぐに役に立つものから身につけて行くことです。
たとえ話をします。今、自由に使えるお金(時間)は1000円しかないとします。
ソフトウェアエンジニアリングの店のショーケースを覗くと、要求仕様の技術を
習得するには50000円必要ですが、デバッグの仕方は800円です。
ちょうど、1週間後からテストの入るというので、まずは800円でデバッグの
方法を学びます。これはすぐに手に入ります。その結果、デバッグの時間が半分で
済むことで(バグは減りませんネ)、今度は自由に使えるお金が5000円増えます
(ポケットに5200円)。その5200円を使って、次に何かを手に入れるのです。
もちろん、要求仕様の技術を分割してかじるのに1000円分使って、
残りの3000円で何か直ぐに役に立ちそうな技術を手に入れる方法もあります。
 
要するに如何に「工夫」するかということです。
「意思」のせいにして「工夫」を放棄しているようです。
どうやって向こう岸に渡るかです。そのためにどのようにボートを漕ぐかです。
ボートを漕ぐことが目的ではありません。
  • 清水様は、業界に入り直してからの最初の3年間、努力を継続するには周りの誘いを断ったり、趣味の時間を削ったりしたことと思います。 このとき、他人の言葉に惑わされないために意識したことはありますでしょうか

藤沢さん

清水です。

「同じこと」をするのではなく「同じようなこと」をイメージしてみてください。

> しかし、恥ずかしい話ながら現状の自分を振り返ってみますと、とてもすべての時間を投入しているとは言えません。

ここでいう「すべての時間」も、すべての程度は、私と「同じ」である必要はありません。
藤沢さんにとって、「ここまでならできる」という程度から始めてはどうでしょう。

仲間と飲み会に行ってもいいですよ。
飲みに行く回数や飲む程度、帰ったあと机に向かえる程度を考えてみてはどうでしょう。

まとまった時間はなかなか確保できないかもしれませんが、
15分程度の「時間の断片」は、1日の中に結構あります。
歩いているときだって考えることはできます。
歩きながら何か考えついたときは、スマホに向かって喋れば文字になって残ります。


> そしてそのあと、「また勉強することができなかった」「自分には向いていないのではないか」などと弱音を吐きたい気持ちになってしまいます。

これこそ、やりもしないで自分で「 画」っていることになります。
それは自分を信じていない状態です。
自分で自滅するって無意味ですよね。
習慣化できれば、できる「程度」も変わってきます。
少しずつペースを上げていけばいいのでは。
大事なことは「続ける」ことです。


> 月に簡単な技術書を1冊か2冊読める程度でしかありません。

この種の本は、何冊か読んでいくと、同じような記述の箇所が出てきます。
最初は100%新しいことが書いてあるため、読むのに時間がかかります。
その上、内容を理解できるのは70%程度かもしれません。
でも何冊か読んでいると、新しいことは60%だったり、40%だったりします。
ペースが上がるのはその段階です。

  • 真剣にフリーランスとして働くことについて検討しています。会社を辞める前にしておくべきことはありますか
藤沢さん
 
清水です。
 
フリーランスとして成り立つには、会社が求めている以上のスキルを持っていることが第一条件です。
 
そうでなければ、ブルーカラー労働者としてしか出番はなくなり、今以上に、勉強する時間はなくなると思います。「自転車操業」になって自滅するだけでしょう。
 
・組織に所属しているうちに、組織に「依存」している自分に気づいた
何をもって「組織に依存している」と言っているのかです。
 


iPhoneから送信

結局、この三通のメール以来はやり取りをしてはいませんでした。どういう形になるかはわかりませんが、いつか清水さんにお会いできたときはもっと前よりも成長した姿をお見せしたいと思っていたので、もう二度とお会いできないことが残念でなりません。

 

僕の口癖に「難しい」という言葉があります。清水さんに、この口癖を叱られたことがあります。「難しいんじゃあないだろう。それは『手応えがある』と言うんだ」と言われました。清水さんは常に諦めず「工夫」を追求し、自分の可能性を画る(かぎる)ことは決してありませんでした。その姿を本当に尊敬しています。

私は今、QAとして生きて行くかプログラマとして生きて行くか、はたまたエンジニアとして生きて行くか迷っているさなかではありますが、どんな形になったとしても、清水さんの生き方、後ろ姿は常に私に勇気をくださることと思っています。