最近した苦い失敗を今後のために書き記しておきたいと思います。
いきなり身の上話になりますが私は勉強ができる方ではありませんでした。
覚えること自体はできたのですが、応用問題になると途端に解けなくなることが多くありました。
それでも当時は自称進学校に通っていましたし、大学受験のためにどうにかして成績を上げなければと思い、私は色々なことを「パターン認識」するようになりました。
この成功(?)体験がよくなかったんじゃないかと、今では思っています。
私はいわゆる「脳筋」的に、すべてを行動量でカバーしようと考えるようになりました。
職場などでの成功(?)体験も、それに拍車をかけました。
私は思考力こそなかったものの、メンタルの回復力と体力、行動力だけはある方だったので、とにかく深く思考することなくひたすらに行動を積み重ねました。仕事もたくさんしました。
その結果、人一倍色々な体験をすることができ、その行動力を高く評価されることもありました。でも、それは決して思考を伴うものではありませんでした。
そのまま、思考力だけ未熟なまま経験を積み重ねました。
ここでようやく最近の話に戻るのですが、転職活動で面接を受けていて、「確かに体験した、知識として得ていることなのに、うまく説明することが出来ない」という体験をしました。これは衝撃的でした。なぜなら、私の中ではこれは「わかっている」「理解している」はずのことだったからです。事実、それは色々な方にこれまで「私は理解している」と主張していたことでした。それでも、なぜかうまく説明することが出来ない。私は選考の中で面接官の方から「体系化」というキーワードを聞き、もしかしたら私ができていないのはこの「体系化」かもしれない、と思うようになりました。
体系化というのは、簡単に言うと個々の知識や情報を一つの体系としてまとめあげることです。体系というのが何なのかというと、それはシステム、仕組み、知識の全体、みたいな意味合いになります。
要するに、個々の情報を何かに活用できるものとして再構成することだと私は捉えています。これは逆に言うと、個々の情報のままでは活用することが難しい、ということです。
私はこれまで、「個々の情報を得ること」「個々の知識を覚えること」を学習と勘違いしていました。なのでエンジニアの方と話していると「自分のほうが知識が多いな」と感じる場面も正直時々あったのですが、実際に業務で使える武器としては、逆に私の方が少ないこともありました。
なので「勉強をしていて役に立った経験」というのも、パッと思いつくのは「ある特定の知識を知っていたから助かった」というものが多かったです。これは、確かに個々の知識を持っていたからこそのメリットですが、当然直接的にそれが求められているケースは限りなく少ないです。
持っている知識を体系化、応用することができるようになる必要があると思いました。
「体系化できない」で検索してヒットして、思わず読み込んでしまったのが結城さんのこの記事でした。
経験知を体系化・普遍化できる人とできない人の違いはなんですか?できなかったら再現性のなく、ただただ個としてポテンシャルが高いだけに留まるように思えます。 | mond
細かい話は色々ありますが、ここの本筋からは逸れるのでそれらは置いておくとして
要するに私は「理解していないのに、理解したと思い込んでいる」「深く考えずに覚えただけで満足している」という問題があるのだなと自覚しました。
これはすごく根源的な問題で、私はこれまで失敗を汎化、一般化することができませんでした。
そのため、自分の中では違う失敗をしていても他の人からは「同じ失敗を何度もしないで!」と怒られていました。その時とは状況が違うじゃないか、と頭のなかで毒づいていましたが、今思うとこれが失敗を汎化できていなかった大きな証拠であったと思います。
しかし、これまでを振り返ってみると、本当に掘り下げてきちんと理解したものは自分でも使えるし他人に説明することもできていました。自分の中で納得がいくまで掘り下げて考えるということをやっていれば体系化も応用もできるし、逆に言えば知識の丸暗記にとどまっているものはいざというときに武器として使うことが出来ないということなのだと思います。
なので、これからは日々の仕事ももちろん、日々の学習で得た知識についても、しっかりと掘り下げ、「本当に自分は理解したのか?」ということをキーワードに、体系化・応用ができるように訓練をしていきたいと思います。
まずは、「学び直しシリーズ」と題して、ソフトウェア品質保証やソフトウェアテストの基礎的な事項について、しっかりと掘り下げて考え、その思考の結果をこういったブログなどに残していきたいと思います。
余談ですが私は今転職活動中なので、こういうことをもし面接官の方に読まれたら汎化のスキルに欠けていることがバレてしまいます。
でもこれは面接の質疑応答の中で普通に判明する可能性もありますから、これからしっかり直していく気概がありますということだけ、最後に強く主張しておきたいと思います。