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ソフトウェアテスト、品質に関わること、たまに変なことを書いていくブログです。

自己啓発本を読むことや勉強会に行くこと自体は娯楽と変わらない

自己啓発本を読むこと、勉強会に行くこと

 

自己啓発本を読むこと。

勉強会に行くこと。

両方とも僕は好きです。

 

しかし僕が言いたいのはタイトルの通りのことです。

自己啓発本を読むことや勉強会に行くことそのものは娯楽と変わりません。

 

正直異論もあると思います。興味本位で勉強したことが役に立ったとか、昔勉強したことが偶然役に立ったとか、そういったこともあります。

しかし基本的に、自己啓発本だったり勉強だったり、本当に役に立つのは「学んで実践した時」です。

知識を頭に詰め込んだだけで満足しているのでは、自分の人生が大きく変わることは多分ないです。実践してないんですから。本読んだだけでできるようになるなら、僕はもっと高い給料もらっていますし、今の仕事だって多分していません。

 

なんというか、自己啓発本を読んだり勉強会に行くことを否定しているわけではないんです。

読んで終わり、話聞いて終わりになるのを否定しているんです。

勉強会に行くと、新人の頃は特に「新人なのに勉強会くるなんてすごい!」と言われましたが

勉強会くること自体は全くすごくないです。googleで勉強会を検索することができて、申込みボタンを押すことができて、当日サボらずに参加できるというだけです。超普通ですよね。

 

自己啓発本によくある論調として「できる人は〜している」というのがありますね。あれ鵜呑みにするのは危険です。数学の必要条件と十分条件の話と一緒で、「できる人は〜している」と「〜しているとできる人になれる」は全くべつの話ですから。

 

それと同じで、「仕事ができる人には、勉強会に行っている人が多い」というのはあるかもしれませんが、「勉強会に行っていれば仕事ができるようになる」は妄想です。いい加減目を覚ましてください。もう一度言います。勉強会に行くだけで、仕事ができるようになるわけないんです。

 

勉強したことを本当に自分のものにするには、勉強会に行く→実践する→わからないところをまた勉強する→実践する というサイクルをひたすら回すことだと思います。いわゆるPDCAってやつですね。若手とか新人を育てるときも同じです。(育てたことないですけど、多分同じです)

 

今日の勉強会(長崎IT技術者会 第9回勉強会 「長崎QDG2015 & 盛岡ソフトウェアテスト勉強会 合同報告会」 - connpass)でも話したことですが、

新人に対して勉強会に無理やり参加させるとか、本を無理やり読ませるっていうのはあまり意味がなくて、

いかにやる気スイッチを押すというか、一歩を踏み出してもらうかってことを考えないといけません。

自分の場合はそれが職場の先輩でした。

「なんで同じ仕事をしているのに、こんなに結果がちがうんだろう」

「どうやったら先輩のように博学になれるんだろう」

と思い悩んだ結果、勉強会への一歩を踏み出しました。まさに率先垂範ですね。

で、最初はタイトルで言っている罠にはまって、「あーそうか、勉強会に行くだけじゃ意味ないんだ」と気づくまでに2年かかりました。いやー気づくの遅かったですね。でも気付けて良かったです。

 

新人や若手に「この本面白いよ」「このセミナーよかったよ」って紹介するのもいいですが、まずは自分が勉強したり実践したりしてそれなりの成果上げてからにした方が説得力があって良いと思います。(普段から頑張ってらっしゃる方は自然とできていることだと思いますが)

ていうか、そんな状態になった先輩はかっこいいんで、やる気のある若手は勝手についてくると思いますよ。で、勝手に育ちます。それでついてこない若手はほっときましょう。

 

とまあ色々書いたわけですが、ここまで読まれた皆さんも

「へえ〜そうなんだ」と思っただけなら、私の書いた記事をただ面白いがゆえに読んだだけなわけです。(一応、カテゴリ「自己啓発」にしてますし。)まあそれはそれで若干うれしいですが。

 

本当に時間を投資するつもりでこの記事を読んだのなら、今すぐ自分の価値観を見直してください。自己啓発本を読んで満足してませんか?勉強会に参加して勉強した気になってませんか?実践しないと何も変わんないんですよ。確かに実際にやってみるのって本読んだり話聞くのよりも色々面倒だしなかなかやる気でませんけど、それでもやらないと意味がなくって勉強した時間をみすみす捨てることになります。

 

以上、自戒の言葉でした

以上、私ができてもいないことをあたかもできてる風に書いてみました。この記事は半分以上、自分への自戒の意味を込めて書いていますので、その辺りご理解くださいね。